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更新日令和2(2020)年6月1日
Fan Fun KASHIWA
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あの日の二番街
今でこそ柏は、若者の街、音楽の街
なんて言われてますけど
オレが「ミュージシャンになるッ!」と思い立った1979年頃
柏はまだ「若者の街」なんて微塵も言われてませんでした
もちろん「音楽の街」の雰囲気もありませんでした
オレは柏・二番街のモンテローザでバイトしながら
アマチュアバンドを一生懸命やってましたね
モンテローザのバイトは時給390円から始まりました
オレの作るアイスミルクティーはそりゃもう絶品でした
バイトですからコストとか考えませんからね
ほぼ100%牛乳で紅茶を煮出します
そりゃ美味しいハズですよ、高コストですけど
そしてオレの作るピザトーストも絶品と評判でしたね
バイトですから原価のコトなんて微塵も考えない
だからバンバンに具を入れるワケです
もうね、ハムと野菜とチーズがパンに山盛りですよ
ええ、美味いハズですよ、大評判ですよ
そんなオレを「河合は料理が上手」と勘違いした店長の小林さん
ガンガンに時給を上げてくれましたね
あっという間に時給が420円ぐらいまでアップ!
え?そんなに上がってないじゃないか?
いやいや、当時420円のバイトは高給取りですよ
で、月数万円のバイト代を得まして
そして全~部、楽器代につぎ込むワケです
つぎ込む時間とお金
プロになれる可能性
これを天秤にかけたら・・・
冷静な大人は人生賭けてこんな低確率なコトしません
これね、若くて無謀だから、こんなコトできるんですよ
いや~ホント若いってスゴイですよね
さあプロになるんだ!
と思ってから初めて立ったステージは二番街の京北ホール
まだ19才、ここからアマチュアバンド活動がスタートします
コンテストに出て、小さな学園祭に出て
そして秋、大きなステージのチャンスが来ます
当時、二番街祭りってのがありまして
柏長崎屋前(現ドン・キホーテ)に特設ステージが組まれて
地元バンドが数組演奏するイベントがありました
そこに出演しないか?ってお話です
オレと中野は小躍りして喜びましたね
(当時はパッパラーでもサンプラザでもなかった)
オレと中野の初めての晴れ舞台と言えるでしょう
さあ二番街祭り当日です
もちろん小林店長、モンテローザ専務の畑さん
みんな観に来てくれましたね
ステージからは母親と姉の姿も見えました
誰かから「出るらしいよ」と聞いたんでしょう
演奏が始まります・・・まずは1曲目は・・・
「尻の穴から出たい」って曲
小林さんも畑さんも奇天烈さに度肝を抜かれた様子
そして次の曲は「ミミズのラブソング」です
おおよそ理解しがたい曲だったようです
いつの間にか母と姉は立ち去ってましたね
まあ19年育てた息子が「尻が~」と歌うとは
思ってなかったのでしょう
これは「ミミズの衣装」と自分たちで呼んでましたね
演奏が終わると小林さんと畑さんは
「た・・・楽しかったよ・・・」
と目を泳がせながら誉めてくれました
多分それが精一杯の言葉だったのでしょう
ありがたいです
家に帰ると母は何も言いませんでした
口の悪い姉は「なんなの?あの曲は?あの衣装は?」と怪訝な顔
まあ10年早かったかな・・・ハッハッハ!
そして4年後、オレと中野は爆風スランプでデビューします
デビューして36年が経ちましたけど
あの二番街でのステージは忘れないんですよ
特に遠くで不安げに観てた母と姉の様子
いやいや・・・不安だったろうなぁ・・・ハッハッハッハ!
そんなワケでオレ達を育ててくれた柏
今年の秋は駅前でステージできるかな?
安全あっての音楽ですからね
もう少し頑張ろうっと!
(つづく・・・レイソルは7月4日再始動!)
情報発信元:パッパラー河合の とことん!KASHIWAマイ・ラブ
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