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更新日令和8(2026)年7月31日
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宮崎早織さんが語る、全てやり切ったENEOSでの現役生活と柏での12年間
女子バスケットボール界を代表するポイントガードとして活躍し、2025-26シーズンを最後に現役を引退した宮崎早織さん。高校卒業後にENEOSサンフラワーズへ入団してから、ENEOS一筋で12年間を走り続けました。
引退してから

引退からおよそ5か月。現在は、長い現役生活の中では味わうことのできなかった日常を楽しんでいるといいます。
「今までのルーティンは、もう一切何もしていません。スケジュールに管理されていないことが、すごく楽ですね。お腹が空いたときに食べたいものを食べて、眠たいときに寝る。時間に支配されていない感じが楽しいです」と。
心と体が教えてくれた引退のタイミング

東京2020オリンピックで銀メダルを獲得し、パリ2024オリンピックにも出場した宮崎さん。ファンの中には、次のロサンゼルスオリンピックも目指せるのではないかと期待していた人も少なくありません。
ですが、宮崎さんの中に「ロサンゼルスを目指したい」という気持ちは生まれなかったといいます。体はまだできるけれど、気持ちはもうそこまで求めていなかった、それが素直な気持ちだと。
そしてこのとき、引退するタイミングなのかな、と思ったそうです。大きな怪我が理由だったわけでも、プレーする力がなくなったわけでもなく、自分の心の声を受け止め、自ら区切りをつけたのです。
12年間ENEOS一筋!

近年は移籍を選ぶ選手も多い中、宮崎さんは12年間、ENEOSだけでプレーしました。
「ENEOSに入ることが夢でしたし、黄色のユニフォームを着て試合をすることが夢でした。ほかのチームには、あまり興味が湧かなかったですね。自分のキャリアはここで終えたいという思いが強かったです」
憧れていたチームに入り、そのチームで最後まで戦い抜いた宮崎さんは、そう力強く語ってくれました。
「バスケットボール人生で得たいものは、すべて得られました。何もやり残したことはありません」
最後の皇后杯で流した涙

12年間で特に心に残っている試合として挙げたのは、日本代表としてパリオリンピック出場を決めた予選、怪我人が相次ぐ中で戦った皇后杯、そして現役最後となった皇后杯です。
2026年1月、ENEOSは皇后杯決勝でデンソーアイリスを76対62で破り、3大会ぶり28回目の優勝を果たしました。試合終了後、宮崎さんの目からは涙があふれました。
「最後の皇后杯で優勝できたことは、すごく大きかったです。優勝できて良かったという気持ちと、ENEOSがもう一度優勝するチームに戻れたことが本当に嬉しくて、いろんな感情が溢れ出しました」
苦しい時期をともに乗り越えてきた仲間への思い、支えてくれた人たちへの感謝、そして12年間を走り切った自分自身への思いが重なった涙だったのだと思います。
ラストゲーム

柏で行われた最後のリーグ戦では、チームメートやファンから温かく送り出されました。
「まさか、あんなことをしてもらえるとは思っていなかったので、すごくうれしかったです。本当にこれで、彼女たちと一緒に戦うリーグ戦は最後なんだと思うと、寂しい気持ちになりました」
それでも、再びプレーしたいという気持ちはないと、「もうやり切りました!」と宮崎さんは笑顔で言い切ります。
苦しかった現役生活

華やかな実績を重ねてきた宮崎さんですが、現役生活を振り返ると「苦しいことの方が多かった」と話します。
「最後に振り返ると、楽しかった思い出が出てきます。でも、実際に経験していたときは、楽しさよりも苦しさの方が多かったですね」
日本代表選手がそろう名門チームで、自分の居場所をつかむこと。試合に出て結果を残し続けること。自分自身とも向き合い続ける毎日は、決して華やかなものばかりではありませんでした。寮生活にも厳しい決まりがあり、若手の頃は掃除や共同生活のルールについて、よく注意されたそうです。バスケットだけではなく、一人の人間として大切なことも、ENEOSでの日々が教えてくれました。
一方で、同世代の女性たちが遊びやおしゃれを楽しむ姿を見ても、うらやましいと思ったことは一度もなかったといいます。バスケットをするためにここに来て結果を残すことが全てだったので、何かを我慢するという感覚はなかったそうです。
すべてを捧げた街

宮崎さんにとって、ENEOSの活動拠点である柏は、12年間の競技生活を支えた大切な街です。引退後に柏を訪れると、「ここでチームメイトとご飯を食べたな」「ここを一緒に歩いたな」など、さまざまな記憶がよみがえるといいます。
中でも、柏市中央体育館で行われるホームゲームは特別なものでした。
「会場全体があれだけ黄色に染まることは、なかなかありません。体育館がコンパクトだからこそ、選手とファンの距離が近い。柏で試合をするのは本当に嬉しかったですし、楽しかったです。これからも、たくさん試合をしてほしい体育館です」
練習がつらく、寮に戻っても気持ちが休まらない日もありました。そんなとき、外へ出て柏のおいしいものを食べる時間が、宮崎さんを支えてくれました。
「柏は、自分がすべてを捧げて頑張ってきた街です」
楽しかったことも、苦しかったことも、すべてが残っている場所。宮崎さんにとって柏は、第二の故郷ともいえる存在です!と。
勝敗以上に大切なもの
12年間の競技生活を通じて宮崎さんが手にしたのは、タイトルや代表歴だけではありません。
「勝つことや負けることも大事ですが、私が本当に得たかったのは、そこへ向かうまでのプロセスです。誰かと一緒に苦しいことを乗り越えて、うれしい感情を分かち合う。結果ではないものを手に入れられたから、何も悔いなくやり切れたのだと思います。」
スポーツの魅力は、勝敗や出場時間だけではない、仲間と喜びを分かち合い、誰かと一緒に何かを成し遂げること。その経験そのものが、人を育ててくれるのだと宮崎さんは教えてくれました。
子どもたちに伝えたいこと
「SNSなどで周りの人の生活がたくさん見える時代なので、何が幸せなのかを感じにくくなっている人もいると思います。でも、自分の価値は自分で証明できるし、何もしていない自分も素晴らしい存在なんだということを、分かっていてほしいです」
家族が健康でいること。朝起きて体が元気なこと。友達と遊びに行けること。そんな日常の中にある小さな幸せを、見つけてほしいと話します。それは、競技を離れた今、宮崎さん自身が改めて感じていることでもあります。
自分を抱きしめてあげたい

12年間、苦しいことも多かったけど、今の私をつくってくれたのは、あのときの私だと宮崎さん。
「本当によく頑張ったなと思います。12年間、バスケットにすべてを懸けて戦ってきた自分を、抱きしめてあげたいくらいです」
大きな怪我をすることなく競技生活を終えられたこと、会社やスタッフ、チームメイト、家族、ファンに支えてもらったこと。そのすべてに、感謝の思いがあふれます。
そして、このチームでキャリアを終えられたことは人生の財産になりますと。
これからは新しい舞台へ
今後については、まだ何か一つに決めているわけではなく、現在はゆっくりと休みながら、届いた仕事に一つずつ取り組んでいます。テレビ出演やバスケットボールの解説、自身の経験を伝える講演など、さまざまな活動に挑戦したいと考えているそうです。
また、女子バスケットボールやENEOSを、さらに多くの人に知ってもらうための活動もしていきたいそうです。
柏の皆さんへ

最後に、12年間応援してくれた柏の人たちへ、感謝の言葉を届けてくれました。
「何も分からない状態で柏に来て、いろいろなことを学びました。苦しいときには外へ出て、柏でおいしいご飯を食べて過ごしました。20代のすべてを含む12年間を過ごせたのは、柏の街のおかげです。本当に、たくさんの応援をありがとうございました!!」
宮崎さんにとって柏は、青春のすべてを懸けて戦った街、また戻ってきたりもしたいと言っていました。
12年間の現役生活を悔いなく走り切り、新たな一歩を踏み出した宮崎早織さん。これからどのような舞台で、その笑顔と経験を届けてくれるのか。新しい挑戦を、柏の街から応援していきます。
せ〜の!カシスポ応援したいっ!!宮崎さんの新しいステージでの活躍も楽しみー!
【令和8(2026)年7月31日掲載】
アッキーのカシスポ応援し隊っっ!




